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彼の気持ちがわからない
私のこと、どう思ってるんだろう。 嫌われてはないと思うけど、LINEしてもあんまりラリー続かないし。 いや、でも会えば楽しそうだから、男の人ってLINEが面倒な人もいるし。 いや、でもこの前、ごはん🍻がキャンセルになったとき、代案を言ってくれなかったし。 本当に行きたいなら、○日は?って誘ってくるよね? いやいや、ほんとに忙しいだけかもしれないし。 こんなお悩み、とても多いです。 毎日、頭の中でぐるぐる。期待したり、不安になったり。 恋をすると心の中は忙しいですよね。 でもね、私、思うんです。 好きな人のことは、あなたが一番よくわかっているんじゃないですか。 LINEはどちらから始まることが多いか。 返信の早さやメッセージの行間。 話しているときの表情や視線。 あなたが落ち込んでいるとき、どんな言葉をかけてくれるか。 ヒントはいっぱい隠れています。 ただ、そのヒントから考えて、どんなにポジティブに考えても「脈なし」のとき。 現実を受け入れたくなくて、占いで違う答えを探したくなる。 その気持ち、私もよーくわかります。私も若い頃は、そうでしたから(
6 日前
選んだ道を、ベストにする
人生には、いくつもの分かれ道があります。 「あのとき思い切って転職していたら」 「あのとき、あの人と別れなければ」 「あのとき、あのまま東京にいたら」 そんなふうに、「選ばなかった道」に思いを巡らせたことは、誰にでもあるでしょう。 では、四柱推命で「どちらを選ぶべきか」は分かるのでしょうか。 はい。かなりのことが分かります。 あなたが持って生まれた命式や運気の流れから、今の仕事を辞めたほうがいいのか続けたほうがいいのか、どんな仕事が向いているのか、動くならどの時期や方角がいいのか、結婚相手との相性や、二人がどんな夫婦になっていくのか、どうすれば今の苦境を打破できるのか――そんなことまで読み解くことができます。 でも、最後に決めるのは、やっぱり本人なんですよね。 私自身もそうでした。 親や人生経験豊富な先輩に「こっちがいいと思うよ」と言われても、素直に従えないことがありました。それで失敗したこともあります。 でも、後悔はしていません。 だって、選ばなかった道は検証できませんから。 人生は、究極的には一択です。 「もしも、あのとき……」という人生を実
7月29日
他力本願
私の座右の銘はいくつかありますが、その一つが「他力本願」です。とても好きな言葉です。 と言うと、ほとんどの人が「えええ!?」と思われるかもしれませんが、実は「他力本願」は、本来とても深い仏教用語です。 私たち俗人の力なんてたかがしれている。どんなに頑張っても動かせない、目には見えない大きな力がある。自分にできることを精一杯頑張ったら、あとは「他力」に任せて身を委ねなさい、ということです。 ここでいう「他力」とは、決して家族や友達や上司とかではなく、仏様のこと。「人事を尽くして天命を待つ」にも通じる考え方かもしれません。 「あの人っていっつも他力本願だよねー」と人任せみたいに意味がまるで変わっちゃってますが、本来の意味はまるで違います。他にも、本来は悪い意味の「白羽の矢が立つ」が大抜擢という意味に変わってしまっていたり、言葉は生き物なのでいちいち目くじら立てる必要はありませんが、一応、長年ライターをやっていたので言葉には敏感にでありたいと思っています。 どんなに頑張っても、物事が悪い方向へ進んでしまう時があります。 反対に、不思議なくらい何をやって
7月15日
ジョハリの窓 人にはいろんな顔がある
心理学で有名な「ジョハリの窓」、ご存知ですか? 人間心理へのアプローチで、4つの窓があると言われています。 開放の窓:自分も知っていて、他人も知っている領域 秘密の窓:自分は知っているけど、他人は知らない領域 盲点の窓:自分は気づいていないが、他人からはよく見えている領域 未知の窓:自分も他人も知らない領域 四柱推命で家族や友人知人、職場の人の命式をみてみると、 「え?この人が身弱!?」とか「え?この人プライドの塊?全然違うけど?」などと思うことはよくあります。 それはもしかしたら、「秘密の窓」や「未知の窓」なのかもしれませんね。 大人になればなるほど、人は「本当のこと」を言わなくなります。 それは保身や損得かもしれないし、見栄やプライドかもしれないし、 はたまた、人を傷つけないためということもあるでしょう。 社会に出て、荒波にもまれ、立場ができ、守るものができ、敵と味方の区別もつかなくなるときもあります。 とくに職場では、役割を演じてる部分もあって、長い間一緒に働いていても、まったく本音が見えてこない人もいます。 穏やかな人だと思っていたら、実
6月14日
ご先祖様に守られている命式
私自身はそうでもないのですが、姉の命式には、父方の祖父が強い守り神として出ています。 父の父、つまり私たちの祖父は、父が小学一年生のときに亡くなりました。40歳手前だったそうです。もちろん、私たちは会ったことがありません。 気づけば、私はとっくに祖父の年齢を追い越していました。 父も幼かったため、祖父のことはあまり覚えていないようでした。「戦争からは生きて帰ってきたのに、病気であっけなく死んじゃって」と話していたのを覚えています。その父も、8年前に亡くなりました。 祖母のことは、父や母、叔母、いとこのお姉ちゃんたちからよく話を聞きました。私も抱いてもらったことがあるそうですが、祖母が亡くなったとき、まだ3歳か4歳。残念ながら、記憶がありません。 祖母は、4人目の子どもがお腹の中にいるときに夫を亡くし、女手ひとつで4人の子どもを育て上げました。長男だった父は、弟妹を学校に行かせるため、中学を出てすぐに働きに出ました。 父たちだけが特別大変だったわけではないでしょう。あの時代の日本人は、誰もが似たような苦労を抱えていたのだと思います。...
5月12日
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