私自身はそうでもないのですが、姉の命式には、父方の祖父が強い守り神として出ています。 父の父、つまり私たちの祖父は、父が小学一年生のときに亡くなりました。40歳手前だったそうです。もちろん、私たちは会ったことがありません。 気づけば、私はとっくに祖父の年齢を追い越していました。 父も幼かったため、祖父のことはあまり覚えていないようでした。「戦争からは生きて帰ってきたのに、病気であっけなく死んじゃって」と話していたのを覚えています。その父も、8年前に亡くなりました。 祖母のことは、父や母、叔母、いとこのお姉ちゃんたちからよく話を聞きました。私も抱いてもらったことがあるそうですが、祖母が亡くなったとき、まだ3歳か4歳。残念ながら、記憶がありません。 祖母は、4人目の子どもがお腹の中にいるときに夫を亡くし、女手ひとつで4人の子どもを育て上げました。長男だった父は、弟妹を学校に行かせるため、中学を出てすぐに働きに出ました。 父たちだけが特別大変だったわけではないでしょう。あの時代の日本人は、誰もが似たような苦労を抱えていたのだと思います。 それに比べれば、私たちは随分と恵まれた時代に育ちました。 かといって、苦労がないわけではありません。昔の人たちとはまた違う、現代特有の苦しさを抱えているのだと感じます。 よく「人は2回死ぬ」と言われます。 1回目は、文字通り、肉体の死。 2回目は、その人を知る人が、この世からいなくなったとき。 そういう意味では、祖父母はまだ生きています。 直接の記憶はなくても、私は祖父母の話を聞いて育ちました。そしてその存在は、命式の中にも静かに現れています。姉の守り神は、父方の祖父ですが、もちろん、父方の祖母も、母方の祖父も祖母も、命式に現れることがあります。 もっと言えば、たとえ守り神として命式には出ていなくとも、ときには自分へとつながるご先祖様たちに思いを馳せてみる。 それは、今の自分を支える「目に見えない根っこ」に触れる、大切な時間なのかもしれません。